言語学

言語の理論としての構造や操作は実在するのか

言語学の生成文法理論などでは言語の階層構造を考えたり構成要素が移動する操作などをもって言語の仕組みを理論的に説明しようとする。 その場合に考えている構造や操作などは実在するものなのだろうか。それらは言語を説明するためにいわば便法として理論的…

いずれ動詞の活用は無くなるのか?

日本語は動詞の活用が無くなるような変化をするのかもしれない。 「読まない」「食べない」などというところを「読むない」「食べるない」、「読みます」「食べます」などというところを「読むます」「食べるます」、「読みたい」「食べたい」などというとこ…

置換に関するメモ

(123)×(123)=(132) 要素が3つ並んでいる時、置換(123)を、1番目を2番目に、2番目を3番目に、3番目を1番目に移動させる置換とする。 置換(132)は、1番目を3番目に、3番目を2番目に、2番目を1番目に移動させる置換である。 置換(123)を続けて行うことを(123)×(…

アメリカ先住民の言語のグリーランド語(Eskimo-Aleut語族)は日本語に似ているところがある

アメリカ先住民の言語のグリーンランド語(Eskimo-Aleut語族)について、 この言語は次のような統語法になる。 S(主語) O(目的語) V(動詞) tigianiaq iglu-mut pisug-puq 狐 家-に 行く(過去) 狐が家に帰った。 O(目的語) V(動詞) tigianiaq tuk…

父親の遺品 言語学の本

父親の遺品に、『岩波講座 日本語』全13巻(岩波書店)と『講座国語史』全6巻(大修館書店)があって、これを読みこなそうと思ったのが自分が言語学に関心を持ったきっかけです。これらは古い本(1970年代以前)なのでどちらかといえば伝統的な国語学寄りで…

バルカン式と逆バルカン式

バルカン式 ∀x□F(x)→□∀xF(x) (すべてのxについて必然的にF(x)ならば必然的にすべてのxについてF(x)である) 逆バルカン式 □∀xF(x)→∀x□F(x) (必然的にすべてのxについてF(x)ならばすべてのxについて必然的にF(x)である) バルカン式が成り立たないモデル す…

今、『The Atlas of Languages』という本を読んでいる。

今、『The Atlas of Languages』という本を読んでいます。 世界の言語を紹介した本です。 英語の本なので辞書を引きながら少しずつ、夏ごろから読んでいましたが、しばらく本が読めない精神状態で中断していたのを、最近また再開しました。 ヨーロッパの有名…

「萌える」と「癒す」

「萌える」も「癒す」も、ある種の感情表現として、近年すっかり定着した感のある言葉です。 「萌える」と「癒す」には語の性質の上で違いがあります。「萌える」は自動詞であり、「癒す」は他動詞です。「萌える」を他動詞にして「萌やす」、「癒す」を自動…

「来る」は非対格動詞

自動詞のうち、意図的な動作を表すものを非能格動詞、意図的でなく対象が被る変化を表すものを非対格動詞という。 たとえば、「走る」は非能格動詞であり、「燃える」は非対格動詞である。 では、「来る」はどちらだろうか。一見、意図的な動作を表している…

私が今ここにいるのは必然か

私は今ここにいる、というのは常に真である。どのような可能世界においても成り立つ。どのような可能世界でも真であるから、私は今ここにいる、というのは必然である。 これはおかしい。私が今ここにいるのは、たまたまそうであるだけで違う場所にいる可能性…

「〜そう」という表現

「〜そう」は一般に名詞には接続しないことになっているようだが、たとえば口語的な言い方で「田中さんって怒りっぽい人そうだね」というのはあまり不自然に感じない。人により違うかもしれないが自分はそれほど不自然だとは感じない。「人そうだ」だけでは…

言語の構造は本当に二次元の樹形図で表されるのか

言語の構造を表すのに樹形図がよく用いられるが、それは二次元構造をしている。 しかし実際にはもっと立体的な三次元以上の構造になっているのかもしれない。特に根拠があるわけでもないが、そういう可能性もあるのではないかと考えてみた。 「太郎はラーメ…

国民性と言語という話は結局堂々巡り

日本人はこういう国民性だから日本語にはこういう特徴がある、という話は言語決定論的に裏返せば、日本語はこういう特徴を持つから日本人はこういう国民性なのだ、とも言えて堂々巡りになる。 だから、言語について考える時、国民性といった実在するかどうか…

日本語の自動詞と他動詞の対応表

日本語の対になっている自動詞と他動詞の対応表です。 全部のパターンを尽くせているかどうかは分りませんが思いつくものを網羅してみました。 この場合の「語幹」とは、「あがる(ag-aru)」「あげる(ag-eru)」の「ag」のように自動詞他動詞両方に共通す…

日本語の自動詞と他動詞の区別のパターン

日本語動詞で自動詞と他動詞が対になるもののパターン中には、「語幹-u」で自動詞を表し、「語幹-eru」で他動詞を表すものと、その逆の、「語幹-eru」で自動詞、「語幹-u」で他動詞を表すものがあります。この場合の「語幹」とは、「あく(ak-u)」と「あけ…

述語論理の問題

「犬は寝ている(どの犬も寝ている)」を述語論理的に表現してみると、∀x(Dx→Sx)となる。(Dxはxは犬である、Sxはxは寝ている) 「寝ている犬がいる」は∃x(Dx∧Sx)となる。 では、∀x(Dx∧Sx)ならどのような状況だろうか。 これは、「すべてのものは寝ている犬…

矛盾からは何でも導ける

一つの体系の中で、ある命題の肯定と否定が両方ともいえるなら、その体系は矛盾している。 矛盾からはどんな命題でも導き出すことができる。 pと¬pの両方が成り立つとする。 すると以下のようにして任意の命題qを導ける。 p∧¬p ─── p ─── p∨q ──── ¬p→q ¬p ─…

『恋と禁忌の述語論理』に出てくる問題

最近出た井上真偽『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』という推理小説が論理学を題材にして興味深そうなので読んでみました。まだ読みはじめたばかりですが、最初の方に一つ問題が出てきたので考えてみました。9-10頁の次のような問題です。 【次の充足…

「かつ」と「しかし」

記号論理学的には「かつ」と「しかし」は同じものとして扱われる。「pかつq」も「pしかしq」も、pという命題とqという命題がともに成り立っている状態であると考えるわけである。 日常言語的にはこの考え方には違和感がある。「かつ」と「しかし」では明ら…

桜の花と言っても鯛の魚と言わないのはなぜか

桜の花、梅の花、松の木、杉の木、といった表現があります。 しかし、鯛の魚とか蝶の虫とは言いません。桜の花や松の木が、花の仲間である桜、木の仲間である松を表しているとするなら、魚の仲間である鯛や、虫の仲間である蝶のことも、桜の花や松の木と同じ…

命令形でない命令表現

たとえば、次のような状況があるとします。 遊びに夢中でなかなかご飯を食べようとしない子供に対しご飯を食べるよう親が命ずるとします。 その時 「(ご飯を)食べろ」(または「(ご飯を)食べなさい」) というのがストレートな命令形です。 この時、命令…

丸山圭三郎『ソシュールを読む』に「創造説」に好意的な見解があった

丸山圭三郎『ソシュールを読む』 (講談社学術文庫)を読んでいたら次のような記述がありました。 最近アメリカのアーカンソー州で興味深い事件が起きました。それは、「進化説」と「創造説」を同等に扱ってほしい、扱わなくちゃいけないという法案が作られ…

命題論理 ¬p∨q≡p→q

¬p∨q≡p→q 「pでないかまたはqである」は「pならばqである」と同値である。 これは少々分り辛いかもしれない。これを真理値表や自然演繹で確かめることもできるが直観的には次のように考えれば良い。 pを¬rと置いてみる。すると、 r∨q≡¬r→q 「rまたはqである…

太陽系の惑星の数が9だったことは偶然だった

ちょっと前の論理学や言語哲学の本を読むと、様相論理に関して、「太陽系の惑星の数が9であることは必然である」というような例文が出てくることがある。(注1) 9であることは偶然に過ぎないわけであるから、この命題はもちろん偽の例である。実際、2006年…

論理学 実質含意のパラドックスの証明

実質含意のパラドックスとは (1) p→(q→p) (2) ¬p→(p→q) といった論理式のことである。 (1)は、pならば、qならばpである。(2)は、pでないならば、pならばqである。となる。 →(ならば)という記号は、日常言語の「ならば」とは意味が微妙に異なり、前件が偽か…

論理的誤謬が起こるわけ

我々がよく犯す論理的誤謬として、後件肯定の誤謬と前件否定の誤謬がある。 後件肯定の誤謬とは、pならばqという条件と、qであるという前提から、pであると推論してしまう誤謬である。 前件否定の誤謬とは、pならばqという条件と、pでないという前提から、q…

『日本語カートグラフィー序説』を読んだ。

遠藤喜雄『日本語カートグラフィー序説』(ひつじ書房)という本を読んだ。言語学の専門書である。 カートグラフィーとは統語構造の地図という意味で、普遍的な文の構造を地図のように詳しく記述するという試みである。カートグラフィーでは文の中で語(や形…

「してくる」という表現について

「してくる」(「してきた」)という表現にもいくつかタイプがある。 たとえば(1) 私は解らない問題を先生に聞いてきた。 (2) 雨が降ってきた。 (3) 私は長年色々なことを勉強してきた。などの「きた」はそれぞれ意味が異なる。 (1)は、「先生のところへ行っ…

今、『神から可能世界へ 分析哲学入門・上級編』を読んでいる

今、八木沢敬『神から可能世界へ 分析哲学入門・上級編』(講談社選書メチエ)を読んでいる。最近出た本である。神の存在証明といったことを軸に可能世界論(様相論理)を論じる内容のようだ。このシリーズは、初級編、中級編も読んだが、それらに比べるとぐ…

生成文法 上昇構文とコントロール構文

(1) 太郎がお酒を飲み過ぎた。 (2) 太郎が薬を飲み忘れた。 この二つの文は一見同じ構造の文に見えますが、実は異なった構造を持っています。(1)はもともと、 [ [太郎が お酒を飲み]過ぎた] という構造であり、すなわち[太郎がお酒を飲む]ということの…